盛岡家庭裁判所 昭和34年(家)1375号 審判 1960年4月16日
申立人 諸橋徳三(仮名)
相手方 諸橋幸子(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
本件申立理由の要旨は、「申立人は昭和三〇年一〇月○○日相手方と婚姻し、相手方の両親らと同居していたが、同三四年三月○○日夜相手方と些細なことから口論を始め、その状況を隣室で聞いていた相手方の片親が同年同月二〇日の朝、申立人が出勤しようとした際、相手方と離別してくれと告げた。申立人はそのような経過にもかかわらず相手方と離婚する意思はない。また相手方より強く離婚することを求めてきているが、申立人は相手方との間に出生した長女民子の将来のことなどを考えると、とうてい離婚する気にもなれない。申立人は昭和三四年三月下旬ひとりで相手方の両親らの家を立ち去り、いつたん生家に帰り、さらに同年四月○日頃勤務先の国鉄公舎を借り受けたので、この公舎において相手方と同居し今後明るい平和な家庭を築いて行きたいものと考えている。よつて相手方に対し申立人と同居せよとの審判を求めるため本申立に及んだ。」というのである。
よつて案ずるに、北上市長作成にかかる申立人を筆頭者とする戸籍謄本、当裁判所家庭裁判所調査官作成の調査報告書、当裁判所花巻支部より当裁判所に対する昭和三五年四月一日付の書面(日記第一四五号)および当裁判所の申立人、相手方に対する各審問の結果を考えあわせると、申立人と相手方はともに国鉄に勤務する職員であるが、知人の仲介により昭和三〇年一〇月○○日事実上の婚姻をし(同三一年七月○日婚姻届出)、爾来相手方の両親らの居住する国鉄公舎に同居し、引き続きいわゆる共稼ぎ生活を送つてきたこと、申立人と相手方との間に昭和三一年一二月○日長女民子が出生したが、申立人のやや常識を逸する言動などに起因して婚姻当初より夫婦関孫がとかく円満を欠き、かねてより双方の感情的疎隔をきたしていたところ、昭和三四年三月○○日些細な原因から喧嘩口論をしたうえ、申立人において暴力をふるつたりなどしたことに端を発して双方ともに著しい感情的対立を来たした末、その数日後申立人は相手方の両親らの国鉄公舎を立ち去り、別居生活を始め今日におよんでいること、相手方は右喧嘩口論のあつた頃よりと申立人と夫婦として同居生活を続けることが困難であつて、将来自分の生きる道は離婚し長女を養育して行く以外にはないと心中深く決意し、申立人よりの再三にわたる同居要求に応じないこと、別居生活を始めてからのち相手方において数回協議による離婚手続を進めたこともあつたが、申立人の態度が明確でなく協議が整わなかつたため、ついに相手方において昭和三五年三月○○日当裁判所花巻支部に対し離婚を求める旨の家事調停を申し立て、目下その手続が進行中であることが認められる。
がんらい夫婦がその婚姻中、当事者双方の協議によつて定めた特定の場所に同居すべき義務のあることは、夫婦間の協力義務および扶助義務とともに夫婦関係の本質的要請にもとづくものであり、婚姻の成立とともに発生し、これが解消するにいたるまで継続するものである(民法第七五二条参照)。かように夫婦は相互に同居すべき義務を有することをたてまえとするが、これは夫婦関係が通常の状態にあり、相互に夫婦としての信頼関係が維持されている場合を前提とするのであつて、夫婦間の不和が昂じ当事者の一方より他方に対し離婚手続を開始するなど夫婦相互間の信頼関係が失われ、しかも当事者の一方が他方と同居する意思がない場合には、一般に夫婦が同居生活を続けることを期待し得ないので、すくなくとも離婚請求の是非が確定するにいたるまでは、当事者の一方より他方に対し同居義務の履行を求め得ないと解するを相当とする。もつとも、夫婦の一方が正当な事由なくして、同居を拒んだときは、悪意の遺棄ないし婚姻を継続しがたい重大な事由として裁判上の離婚原因となり、あるいはそれによつて相手方が損害を受けたならばこれが賠償の責に任ぜねばならぬなどの効果を生ずるが、それらのことと上記の事由があることによつて同居義務の履行を求め得ないこととは別個の事項であつて、別に審理判断の対象とされるべきことがらであるから、同居請求を否定する審判によつてそれらの責任を免れしめるものではない。
ところで、前示認定のとおり相手方は申立人との離婚を深く決意し、現にその手続が進行中であつて、申立人と相手方との間における夫婦としての相互信頼関係がすでに失われているとみるべきであり、しかも相手方には申立人と同居する意思がなく、再三にわたる同居請求を拒絶していること前示のとおりであるから、右離婚手続の進行中である現在の段階においては、申立人は相手方に対し同居義務の履行を求め得ないといわねばならない。
そうすると、本申立は理由がないことになるので、これを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 岡垣学)